「知らないを知る」ことが「知性」

〔スピリチュアル〕
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 この記事を読むと、スピリチュアルを実践して行く上で、もっとも重要な「知性の大切さ」という気づきが得られます。

〔指揮者/日本語教師/セラピスト/タロット占い〕など9つの世界に導かれてたどり着いた【願いを叶えた人たちの共通点とあなたの現在地から導き出す】知性的スピリチュアルライフアドバイス♪-「赦し」こそが スピリチュアルな真の目覚め〔あなたのお悩み相談室〕の〔柴田 謙〕です。

 さて、ある心理カウンセラーさんが、以前、YouTubeで「マインドレスネス」の理解を深めることで「マインドフルネス」を説明する…ていう試みに挑戦されてました。

 確かに「マインドフルネス」は掴みどころのない概念なんで、先に「マインドレスネス」の理解を促す…というのは、有効な手段です。

 外国語教育で、文法を教える際に「例外を先に教える」という手順を取るのと似てます。

 ところで、生まれ育った環境で学んだ査定基準に基づいて「自他を裁くこと」を覚えた僕らは、日頃から「自他を裁きたくてウズウズしてる状態」です。

 「ありがとう」が言えへんヤツは「けしからん」みたいな感じで…。

 ケチャップを取ってあげる程度の事ですら「ありがとう」がなかったら「けしからん」と「愛の対象」やったハズのパートナーが「裁きの対象」に変わってしまうんです。

 それは、マヨネーズでも同じです。

 生まれ育った環境で「裁き方」ばっかり教わったんやから、仕方ありません。

 「みそ汁」の作り方を教わったら、やっぱり「みそ汁」を振る舞いたくなるんが人情です…。

 でも「みそ汁」と「牡蠣とフカヒレのアヒージョ」を同時に献立に載せれへんのと同じで「裁き」と「愛」は両立できひんのです。

 さらに、日々の生活で、より身近な「みそ汁」を優先してしまうように、僕たちは「裁き」と「愛」やったら、より身近な「裁き」を優先してしまいます。

 それが「生まれ育った環境で覚えた習わし」なんやから、仕方ありません。

 そういうワケで、僕たちの多くは、日々「裁き合ってばっかり」なんで「愛を知らない状態」です。

 ここで、冒頭の「マインドレスネス」の理解を深めることで「マインドフルネス」を説明する試み…に戻ります。

 僕たちは「物質世界」という、不足に陥りやすい世界に敢えて身を置いて「愛を知らない状態」を体験し、その理解を深めることで「愛を知る」という試みに挑戦してるんやと考えられてます。

 だけど「知らない状態」である以上、それを「知る」ためには、何らかのヒントが必要です。

 それが「赦し」です。

 自他を「裁きの対象」から外すこと…が「赦し」です。

 「けしからん」⇒「ごめんなさい」⇒「許してやろう」は「赦し」じゃありません…。

 だって、一回、裁いたやないですか?

 「赦し」とは「自他を裁きの対象から外すこと」です。

 自他を「裁きの対象」から外せてる人は、常に温かい心持ちで人と向き合えます。

 ケチャップの話のような「けしからんと思える行い」であっても「その対象自らが、自身の行いの未熟さに気づくように願う」といった「慈悲の想い」が溢れるでしょう。

 運転中に割り込まれたとしても、それが少々危なかったとしても、「赦してる」んやったら「お先にどうぞ~」と、思う程度です。

 そもそも、あなたが自他を想って安全運転に勤しんでたから、事故に遭わずに済んだんやと思うんです。

 「安全」を危機に晒す人を「裁く」ために「安全」運転してはったワケやないですよね?

 僕たちの「愛を知らない状態」の理解は、もぅ、充分深まりました。

 そして、あなたが「赦し」た時、湧き上がって来るのが「愛」で、そのプロセスを経て「愛」を知ることが、僕が考える「知性」です。

知性的スピリチュアルライフアドバイザー 柴田 謙

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